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不昧公の正室・方子と娘・玉映の落款
閉じる「升天入地求之遍」白氏文集の有名な漢詩
閉じる仙台藩医・木村寿禎の落款
閉じる夕霧邸の匂宮と薫の君(椎本・絵巻)
閉じる舟で演奏しながら姫君邸に向かう匂宮
閉じる八の宮の家系図(大君・中の君)
閉じる京都・三室寺(八の宮の別荘のモデル)
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大炊御門宗氏・自筆「源氏物語」近衛基熙・旧所蔵(断簡)を出品 | ||||
商品説明(来歴) | 大炊御門宗氏・自筆「源氏物語」は、第107代後陽成天皇の曾孫・近衛基熙の旧所蔵である。近衛基熙は、「源氏物語」に造詣が深く、「源氏物語」の注釈書『一簣抄』(いっきしょう)を書いてある。出品した大炊御門宗氏・自筆「源氏物語」は、近衛基熙が研究のために収集し、のちに近衛家から出雲松江藩主・松平治郷(不昧公)の正室・方子(よりこ)に伝わり、方子の生家である仙台藩から同藩の藩医・木村寿禎に伝来していたものである。 | |||
漢詩文 | 原文上部に《「升天入地求之遍」【天に升(のぼ)り地に入りてこれを求めること遍(あまね)し】という漢詩文の落款が押捺されている。この漢詩は「白楽天」に由来するものです。 源氏物語「椎本」原本に記されております。紫式部が「椎本」を書くに際し、「白氏文集」の漢詩を熟読したうえで「源氏物語」の「椎本の巻」を書いていることがわかります。この原詩の言葉の引用は、「椎本の巻」に用いられていることで広く知られている。 桐箱入り 菓子楊枝 検:表千家裏千家彫刻古民具俳句俳諧。[大幸] 平安春峰造 白泥鼓形三峰式涼炉 紙箱付き 美形 希少良品 珍しい中サイズ 煎茶道具 煎茶具。■楠廸庵■茶道具 火入 織部火入 小峠丹山作 共箱。茶道具 仁清写 雪洞 蓋置 真葛 宮川 香斎 作 茶道 t 9304749。茶道具 古染付写 一葉 香合 真葛 宮川 香斎 作 桐箱入り 茶道 t 9304690。色絵 茶器 茶道具セット 窯 鉄窯 やかん 茶釜 おぼん 尺 等 多数セット。八の宮(桐壺天皇の皇子で朱雀天皇の皇太子)匂宮(今上天皇の皇子)と薫の君を歓待・自筆「源氏物語」椎本(しいがもと)原文/茶道25-B。宇治の姉妹(桐壺天皇の皇子で朱雀天皇の皇太子・八の宮の姫君・大君と中の君)の物語・自筆「源氏物語」椎本(しいがもと)原文/茶道31-B。【TS3】土風炉 青釉 松林窯 火鉢 在銘。八の宮(桐壺天皇の皇子で朱雀天皇の皇太子)匂宮(今上天皇の皇子)と薫の君を歓待・自筆「源氏物語」椎本(しいがもと)原文/茶道16-B。宇治の姉妹(桐壺天皇の皇子で朱雀天皇の皇太子・八の宮の姫君・大君と中の君)の物語・自筆「源氏物語」椎本(しいがもと)原文/茶道28-B。◆ 原清 粉引鉢 ◆b538。茶道具 安野焼 肩衝 茶入 鶴我 淳三郎 作 仕服 人形手緞子 桐箱入り 茶道 t 9304836。暁楽窯 松林正人(造)乾山写 替茶器 蓋天然木 共箱 共布 茶道具 現代工芸 未使用 b6750k。希少 時代物 茶の湯風呂 火鉢 手炙り 茶道具。茶道具 花水注 唐銅 花所望 花寄せ 茶道 28-7507。茶道具 浅黄交趾 菊流水透 蓋置 真葛 宮川 香斎 作 茶道 t 9304721。茶道具 織部 瓶掛け 加藤 景陶 作 茶道 10-6109。高台寺窯 森里陶楽(造)仁清写小槌 茶器 茶道具 現代工芸 共箱 美品 b6790k。■楠廸庵■茶道具 茶入 膳所焼茶入 岩崎新定作。【彩】 永楽正全 (十五代 永楽善五郎) 交趾青竹ふた置 共箱 ◆ 茶道具 『保証品』。茶道具 仁清写 独楽筋 蓋置 手塚 石雲 作 茶道 t 46313665。栄耀栄華を極めた藤の花の華麗な開花のような源氏一族の繁栄を記した・自筆「源氏物語」藤裏葉(ふじうらのは)原文・茶道13-B。▲ 不二 作 肩衝茶入 共箱入り 茶器 茶道具 ▲。茶道具 茶事 懐石 南蛮写 達磨形 手焙り 福森 比呂志 作 t 火鉢 茶道 29-0602。茶道具 仁清写 竹 蓋置 手塚 石雲 作 茶道 t 46313668。平安 京泉(造)色絵白椿文鉢 共箱 茶道具 懐石 茶事 現代工芸 美品 b7794k。図録本八代吉向十三軒作品集写真集歴代窯印陶印落款家系図今日庵出入方鵬雲斎御家元御書付黒数印茶碗交趾水指皆具花入菓子鉢香合赤砂釉茶碗。玉鬘の姫君の娘(大君と中の君)、冷泉院(前冷泉天皇)と今上帝から求婚される・二人の天皇からの求愛物語「源氏物語」「竹河」28-B。:【古都京都】「茶釜G-178」茶道具・華道・花瓶・花生・鉄瓶・茶臼・碾き臼・蒔絵・香道〝江〟。京焼 茶道 三浦竹泉 竹泉 篩月庵 初代 盃・觴 黄磁寿桃 口径:約5.4cm。茶道具 染付 千切 蓋置 真葛 宮川 香斎 作 茶道 t 46313660。八の宮(桐壺天皇の皇子で朱雀天皇の皇太子)匂宮(今上天皇の皇子)と薫の君を歓待・自筆「源氏物語」椎本(しいがもと)原文/茶道26-B。茶道具 重香合 青楽 「楽」印 茶道 28-7701。旧家蔵出 長角 煙草盆 共箱 【J309-177#120】。茶道具 乾山写 結柳絵 蓋置 真葛 宮川 香斎 作 茶道 t 9304746。茶道具 つく羽根 蓋置 和田 美ノ助 作 茶道 t 9304752。茶道具 仁清写 菊蟹絵 蓋置 永楽 即全 作 茶道 t 46313664。茶道具 膳所焼 箪瓢 建水 陽炎園 造 t 9304927。真葛香斎 金彩 双鶴 蓋置 在銘 共箱 共布 茶道具。茶道具 交趾 三つ人形 蓋置 真葛 宮川 香斎 作 茶道 t 9304725。【彩】 楽弘入 (十二代 楽吉左衛門) 靏蓋置 共箱 ◆ 茶道具 『保証品』。茶道具 鶸色 金襴手 替茶器 薄茶器 林 淡幽 作 桐箱入り 茶道 棗t 9304811。■楠廸庵■茶道具 喰籠 仁清写つぼつぼ透 独楽紋喰籠 中村秋峰作 共箱。茶道具 瀬戸 肩衝 茶入 桶谷 定一 作 仕服 相良間道 桐箱入り 茶道 t 46321402。国家指定工芸品 長谷川 恵久 茶道具 建水 蓋置 中古品 箱付き。:【古都京都】「茶釜G-179」茶道具・華道・花瓶・花生・鉄瓶・茶臼・碾き臼・蒔絵・香道〝江〟。【銀閣】煎茶 京焼 乾山造 風炉 旧家蔵出(YB589)。☆煎茶道具 篩月庵 三浦竹泉 倣古青華 牛図 湯冷 共箱 B1。棗■赤膚山【大塩正人】萩釉 茶入 桐共箱 赤膚焼き お茶道具 古美術 時代物 骨董品■。◆古余呂技窯 川瀬竹春造 青華蓋置◆共箱付 骨董品 古道具 美術品 茶道具。江戸 アンティーク 乾山瓢形手炉 尚古斎 尾形乾山 乾山 手あぶり火鉢 火鉢 骨董 染付。茶道具 乾山写 桜絵 蓋置 十三軒 吉向 作 茶道 t 46313658 ベストセラーランキングです近くの売り場の商品カスタマーレビューオススメ度 4.9点 現在、4129件のレビューが投稿されています。 |
自筆「源氏物語」の「椎本(しいがもと)」の巻は、禁裏(京都御所)において書かれたものです。
自筆「源氏物語」の筆者である「大炊御門宗氏(おおいのみかどむねうじ)」は、室町時代の第103代天皇である後土御門天皇(ごつちみかどてんのう)の曽祖父です。
したがって、出品した自筆「源氏物語」は、天皇の曽祖父の貴重な自筆です。大炊御門宗氏の長男・信宗の娘が大炊御門信子(のぶこ)であり、信子は後花園天皇の寵愛を受け准后として御所に居住し、皇子を生み後に第103代後土御門天皇として即位し、信子は生母・皇太后となる。現在の今上天皇と系譜がつながっている。
関白・近衛基熙(このえ もとひろ)は、後水尾院(第108代後水尾天皇)の皇女・常子内親王と結婚。二人の皇女・熙子(ひろこ)は、甲府藩主・徳川綱豊と結婚。綱豊は、のち第六代将軍・徳川家宣となり、熙子(ひろこ)は将軍家宣の正室となった。近衛基熙は、千利休の孫・千宗旦との茶会の交流(下記に掲示)で知られると同時に、第111代・後西院天皇や後水尾天皇を主賓に迎え茶会を開催。茶会の際、基熙が所蔵する藤原定家・自筆の「定家色紙」を持参した記録がある。基熙は、他にも朝廷・幕府の間で茶会を何度も開催した記録が残っている。(資料の記録は下記に掲示)
出品した「源氏物語」は、南北朝時代から室町時代前期の公卿であった「大炊御門宗氏(おおいのみかど むねうじ)」の自筆です。
自筆「源氏物語」の書の特徴から高松宮系統と称されるものです。「源氏物語」には、応永五年(1398)~応永十三年(1406)までの複数の年号の記載があることから、少なくとも応永五年から8年間にわたり書かれていることがわかる。このため後醍醐天皇の宸翰(しんかん・天皇自筆)にかなり近い年代に書かれていることがわかる。また、各巻ごとの書かれた年については不明。従って、応永五年とは、書き始めの年である。また、落款から、後年、近衛基熙(1648~1722)の所蔵となり、時代が下って、松平不昧公の手にわたり、正室・方子の所蔵となったものである。近衛家で永く保存されておりましたので、保存状態は極めて良好です。
大炊御門家は、平安時代末期摂政関白藤原師実の子経実・治暦4年(1068)~天承元年(1131)を祖として創立された。大炊御門北に邸宅があったため「大炊御門(おおいみかど)」を称する。初代、経実の子経宗は平治の乱で平清盛方の勝利に貢献。また、二条天皇の外戚として勢威をふるい、左大臣に昇った。出品した「源氏物語」の筆者・大炊御門宗氏(おおいのみかど むねうじ)は、大炊御門家13代の当主で南北朝時代から室町時代前期の公卿。応永5年(1398年)に従三位となり公卿に列する。備前権守、参議、権中納言、権大納言などを歴任し、応永27年(1420年)に内大臣に昇任した。
旧・所蔵者の近衛基煕は、「源氏物語」に造詣が深く、「源氏物語」の注釈書『一簣抄』(いっきしょう)を著(あらわ)しております。炊御門宗氏・自筆「源氏物語」は、近衛基熙が研究のために収集し、のちに出雲松平家に伝わり、松平治郷の正室・方子が鑑賞していたものです。。武蔵野窯 淡斎(造)即日庵 淡能斎好 戸田宗寛 箱書 交趾蓋置 茶道具 陶磁器 美品 裏千家 現代工芸 z2252k。【茶】茶道具 離世窯 清水公照 自作 水次 水指 花瓶にもシルクロードのはての驛に今も笛吹く鼓うつ。【中村翠嵐】金彩紫交趾 瓢型夕顔 花入 桐共箱 紙外箱 共布 栞 茶道具 美品 高さ 約25㎝。茶入れ■利休丸壷写 大名物(万代屋宗悦)鶴首 仕袋 藤種純子 濃茶 切り共箱 お茶道具 古美術 時代物 骨董品■。30531/○桶谷定一 瓢形茶入 共箱 京焼 仕覆付 茶器 茶壺 茶道具。鶴大皿仁清写し No.37。真葛 宮川香斎(造) 千切形松葉文入り蓋置 共箱 茶道具 未使用 陶磁器 京焼 y0147。〔楽布〕P21312 河井武一 辰砂魚紋角壷 茶道具 古民藝 店。【伊東桂楽】 ぼんぼり 蓋置 共箱 雪洞 雛祭り 桂窯 寄神崇白 檜垣青子 茶道具 新品。西村徳泉 色絵 七宝散し 蓋置 共箱 京焼 水屋道具 茶道具 未使用 画像10枚掲載中。雪華】 茶道具 真葛 宮川香斎 ルリ祥瑞 鶴亀 蓋置 共箱 【 表 裏 千家 而妙斎 即中斎 坐忘斎 鵬雲斎 永楽 善五郎 即全 翠嵐 徳泉 】。【茶】人間国宝 藤本 能道 赤絵 金彩 蓋置。【茶】官休庵 有隣斎 竹絵 蓋置 茜窯。飴釉菓子器 吉向松月窯作37ccad。吉向十三軒(造)黄交趾古鏡香合 共箱 茶道具 香道具 資料付属 京焼 吉向焼 銅鏡 y0869。十月、宮(匂宮・今上天皇の皇子)が紅葉狩りを口実に宇治を訪問し舟下りを楽しむ・自筆「源氏物語」総角(あげまき)の原文・茶道54-B。茶入れ■文琳型 糸切り高台 仕覆 桐共箱付 茶壷 お茶道具 古美術 時代物 骨董品 上物■。眉山 花梨(癌杢) 茶筅筒 茶道具 野点 オイル仕上げ 23。平安 万代喜山 文珠 茶入 和久田金襴 共箱 茶道具。眉山 黒柿(国産) 昔ながらの茶筅筒 茶道具 野点 オイル仕上げ 24。九代 芹澤良憲(造)因久山平茶碗 桐箱 茶道具 現代工芸 陶磁器 古陶磁器 美品 遠州好 鳥取 z4380o。眉山 花梨(癌杢) 茶筅筒 茶道具 野点 オイル仕上げ 27。■楠廸庵■茶道具 花入 チョーク花模様花入 小峠丹山作 共箱。【彩】 楽惺入 (十三代 楽吉左衛門) 馬香盒 共箱 ◆ 茶道具 『保証品』。【茶】表千家 如心斎 好 キセル 一双 中川 浄益。茶道具 蓋置 色絵 竹、京都 高野 昭阿弥作、共箱 新品。この漢詩は「白楽天」中の有名な一節です。》
《原本中の凹凸はストロボの影響によるものです。》
自筆下部の印は出雲・松江藩主・松平治郷の正室「方子(よりこ)の落款(印譜)
自筆が「古切」とされたのは江戸時代。古切に至る詳細な経緯は下記「希少価値欄」に記載
(1)・自筆の「原文の読み下し文」は次の通りです。
《「源氏物語」椎本(しいがもと)の巻》
《「升天入地求之遍」【天に升(のぼ)り地に入りてこれを求めること遍(あまね)し】
という漢詩文の落款が押捺されている。この漢詩は「白楽天」中の有名な一節である。》
《匂宮(今上天皇の皇子)・薫の君と宇治八の宮の姫君(中の君・大君)の物語》
《匂宮(今上天皇の皇子)、初瀬詣での帰途に宇治に立ち寄る》
《薫の君、匂宮(今上天皇の皇子)の迎えに八の宮邸に来る》
《秋、薫の君、中納言に昇進し、宇治を訪問》
《薫の君、弁の君から昔語りを聞き、帰京》
《人になり》・・・・給(たま)へらん御さま
かたち(容貌)をたに、今一度見たてまつらむ」
と思しのたまへと、「今さらに、なてふさること
かはへるへき。日ころも、また会ひたまふましきことを
聞こえ知らせつれは、今はまして、かたみに御心
とゝめたまふましき御心遣ひを、ならひたまふへきなり」
とのみ聞こゆ。おはしましける御ありさまを聞きたまふにも、
阿闍梨のあまりさかしき聖心を、にくゝつらしとなむ思しける。
入道の御本意は、昔より深くおはせしかと、かう見譲る人なき
御ことゝもの見捨てかたきを、生ける限りは明け暮れえ
さ(避)らす見たてまつるを、・・・・《よにこゝろ(心)》
(文責・出品者)
「原文の読み下し文」は、読みやすいように「通行訳」としております。
《「源氏物語」椎本(しいがもと)の巻》
《匂宮(今上天皇の皇子)・薫の君と八の宮(桐壺帝の皇子・朱雀天皇の皇太子)の姫君(中の君・大君)の恋物語》
《匂宮(今上天皇の皇子)、初瀬参り(長谷寺参詣)の帰途、宇治・八の宮邸に立ち寄る》
《八の宮(桐壺天皇の皇子で朱雀天皇の皇太子)匂宮(今上天皇の皇子)と薫の君を歓待》
《八の宮(桐壺天皇の皇子で朱雀天皇の皇太子)姫君(大君・中の君)の将来を案じる》
《秋、薫の君、中納言に昇進し、宇治を訪問》
《父宮(桐壺天皇の皇子で朱雀天皇の皇太子・八の宮)に先立たれ申しては、
ほんのしばらくの間もこの世に生き残っていられようとは考えても
いらっしゃらなかったお二人のお気持では、どうかしておあとをお慕いしたいと
泣き沈んでいらっしゃるけれども、こればかりは定命というものであるから、
その願いもかいのないことである。
阿闍梨は、八の宮(桐壺天皇の皇子で朱雀天皇の皇太子・八の宮)が年来お約束して
おおきになったとおりに、送別や後々の御作法も万事ご奉仕申しあげる。
姫君(大君・中の君)たちは、
(大君・中の君)「かわり果てたお姿になって
しまわれたのなら、》・・・・・せめてそのお姿なりお顔なりをもう一度拝したい」
とお思いになり、そうもおっしゃる。けれども、阿闍梨は、
(阿闍梨)「いまさら、どうしてそのようなことができましょう。
ご生前にも、もうお会いになるべきではないとお戒め申していたのですから、
今はなおさらのこと、お互いにご執心なさるべきではないという
お気持にならねばなりません」
とだけ申しあげる。
山寺にいらっしゃったときの父宮(桐壺天皇の皇子で朱雀天皇の皇太子・八の宮)の
ご様子をお聞きになるにつけても、姫君(大君・中の君)たちは、阿闍梨のあまりにも
分別の勝ちすぎた仏法一途のお心をにくらしく情けなくお思いになるのだった。
宮(桐壺天皇の皇子で朱雀天皇の皇太子・八の宮)は出家なさりたい御志を、
以前から強くお持ちでいらっしゃった。
だが、その反面、こうしてあとを任せられる者もいない姫君(大君・中の君)たちの
御身の上を見捨てがたくて、ご自分の命あるかぎりは朝夕おそばにあって
お世話申しあげるのを・・・・・《じつに心細いお暮しの慰めともして、
ご出家もできにくくお思いになってお過しになっておられた。》
備考・
美しい大君と中の君の二人の姫君の父・八の宮は、桐壺天皇の皇子であり、朱雀天皇の弟で皇太子でもあった。本来なら次期天皇と目されていたが政変により都を離れ宇治に住む。
現代語訳の出典・「源氏物語」小学館刊・阿部秋生・東大名誉教授(1999年没)
備考・出品した自筆は、大炊御門宗氏・自筆で近衛基熙の旧・所蔵になるものです。
《Beneath the Oak (椎本)》
And what would be accomplished? replied the holy man.
He had trained their father to acceptance of the fact that
he would not see them again, and now it was their turn.
They must train their hearts to a freedom from binding regrets.
As he told of their father's days in the monastery,
they found his wisdom somewhat distasteful.
It had long been their father's most fervent wish to take the tonsure,
but in the absence of someone to look after his daughters
he had been unable to turn his back on them.
Day after day, so long as he had lived, this inability had
been at the same time the solace of a sad life and the
bond that tied him to a world he wished to leave.
英語訳文(英文)の出典:『The Tale of Genji』
Edward George Seidensticker(エドワード・ジョージ・サイデンステッカー)コロンビア大学教授(2007年没)
《柯根(椎本)》
“亡父容,我等想再一次。”
阿梨的答只是几句:“在可再?
王在世之日,早已言定不再与女公子面。
如今身亡,更不必了。快快断念,
求此心境。”女公子探父在山情状,
但阿梨道心分,屑可。
八王自昔就深出家之志,
只因女儿无人代他照拂,于去,
故生前一直和朝夕相依,此慰藉孤寂的生涯。。【閑】煎茶道具 高野昭阿弥造 染付『山水風景楼閣図』湯冷まし /茶道具 ☆4D0607■。茶道具 利休茶箱 焼桐 沙伊 洞華 器据 野点 お稽古 中古品。茶道具 蓋置 色絵 紅葉、京都 高野 昭阿弥作、共箱 新品。
写真一番左下の角印が仙台藩の家紋印(竹に雀)
家紋印の上の2つの印は仙台藩第五代藩主・伊達吉村の正室(冬姫)。冬姫は内大臣・通誠の養女。
冬姫は通称。正式な名は伊達貞子。左端の写真は「椎本の巻」末尾の拡大写真。
上の篆書体は、「升天入地求之遍」【天にのぼり地に入りてこれを求めることあまねし】の押印。。時代 古清水 涼炉 銘あり 約18cm×15cm。お茶道具■高級青磁の三点セット 茄子茶入れ 透かし蓋置 牛紋水滴 丑 お茶道具 古美術 時代物 骨董品 上物■。【茶道具】二代 小川長楽 砂釉 赤 四方鉢 桐共箱 共布 菓子器 懐石道具 美品 保証品。【風流庵】 『洛東』 万代草山作 ★ 天目釉 飾壷{一式揃} 桐共箱。【風流庵】 『新品・野々田式』 A型 400W ★ 織部 紅鉢型 電熱器 紙箱。【政】30460 ☆茶道具☆織部水指 共箱 風炉釜 茶道具 骨董 古物。<翔> 茶道具 ★ 風炉先屏風 両面式 ■。:【古都京都】「茶臼天保E-273」茶道具・華道・花瓶・花生・鉄瓶・茶臼・碾き臼・蒔絵・香道〝江〟。茶入 (棗) 共箱 茶事 茶道具 【c1-2-6】。【逢絢亭】茶道具 蓋置 京焼 松透かし 真葛(宮川)香斎 共箱入り。◎◎利休kura茶道具RiQ蔵◎◎ 茶入 / 平安 笹田有祥 文琳茶入 京焼 / 仕覆 共箱【骨董・美品】。◎◎利休kura茶道具RiQ蔵◎◎ 蓋置 / 福森阿也 篝火蓋置 京焼 / 共箱【骨董・美品】。:【古都京都】「手拭い掛けE-151」家具・民具・調度品.蒔絵・置物・時代箪笥〝家〟。:【古都京都】「煙管F-36」茶道具・華道・花瓶・花生・鉄瓶・茶臼・碾き臼・蒔絵・香道〝江〟。■楠廸庵■茶道具 箸置 墨田焼 井上良斎作 形変わり 共箱。三国丹祐 ★ 白磁 染付 茶巾筒 ★ 共箱 ★ 師:三浦竹泉 二代 ★ 茶道具 ★ のぞき猪口 ぐい呑 にも使ってみたい上作 ★ 京焼 平安 丹祐 ★。栄耀栄華を極めた藤の花の華麗な開花のような源氏一族の繁栄を記した・自筆「源氏物語」藤裏葉(ふじうらのは)原文・茶道9-B。玉鬘の姫君の娘(大君と中の君)、冷泉院(前冷泉天皇)と今上帝から求婚される・二人の天皇からの求愛物語「源氏物語」「竹河」29-B。自筆・源氏物語」玉鬘の姫君の娘(大君と中の君)、冷泉院(前冷泉天皇)と今上帝から求婚される・二人の天皇からの求愛物語「「竹河」15-B。【和】(7440) 時代古作 作家物 清水六兵衛作 色絵花文蓋付鉢 保管箱有。[大幸] 平安春峰造 染付紫陽花文煎茶器揃い 時代合箱付き 希少 良品 京焼 作家物 煎茶道具 煎茶具。(2)珍品 茶道華道 楊枝 竹製 全てに詩(俳句?)が彫られています。紫式部がこの原詩に親しんでいたと推定されている。
「升天入地求之遍」【天に升(のぼ)り地に入りてこれを求めること遍(あまね)し】という漢詩文の落款が押捺されている。この漢詩は「白氏文集」に由来するものです。
つまり、原文の内容に関する漢詩の落款を押捺しているのは、茶会における床の間の「掛け軸」(かけじく)を拝見(はいけん)の際に、茶会を主催する亭主が、客に「最高のごちそう」を振る舞うために披露したものです。茶会の際に落款に記された由来を知った客が広くそのことを社会に広めたために結果的に、多くの茶会に開催される「最高のごちそう」として原文に関係する漢詩の落款を付したものです。「落款」の漢詩の由来を待合において説明する際に、長い時間を要し、茶会における貴重な時間であったと推定されております。
出品している書の「断層(MRI)写真」の原板は、レントゲン写真と同じ新聞の半分ほどの大きさのフィルムです。肉眼では見ることのできない和紙の繊維の一本一本のミクロの世界を見ることができます。日本国内では医療用以外には見ることのできない書の「断層(MRI)写真」です。
古切の書は、一旦表装を剥離し分析と鑑定検査のために「断層(MRI)写真撮影」をしております。撮影後、展示のために再表装をしております。掛軸や屏風にすることが可能なように、「Removable Paste(再剥離用糊)」を使用しているため、自筆の書に影響をあたえずに、容易に「剥離」することができるような特殊な表装となっております。
国内における鑑定人は、自筆の筆者を識別するために、個々の文字ごとに字画線の交叉する位置や角度や位置など、組み合わせられた字画線間に見られる関係性によって、個人癖の特徴を見出して識別する方法、また個々の文字における、画線の長辺、湾曲度、直線性や断続の状態、点画の形態などに見られる筆跡の特徴によって識別する方法、そして、書の勢い、速さ、力加減、滑らかさ、などの筆勢によって識別する方法が一般的な手法です。
一方、欧米では一般的には、「筆者識別(Handwriting Analysis)」と呼ばれる文字解析をコンピューターの数値によって解析しております。数値解析は、文字の筆順に従いX、Y座標を読み、そのX、Y座標をコンピューターへ入力後、コンピューターによって多変量解析を行うものです。解析の基準となるのが「ドーバート基準」で、アメリカでは日本国内の画像データを自動的に収集、自筆の分析に際し、数値データをコンピューターで自動的に解析し「極似」した画像データによって筆者を識別する研究が進んでおります。
2・大炊御門宗氏(おおいのみかど むねうじ)の自筆の特定について
自筆の筆者は、書体、書風から京都の公卿によって書かれたものであるはわかっていたが、昭和38年以来、筆者名は特定されていなかった。その後、「筆者識別(Handwriting Analysis)」と呼ばれる文字解析と並行し、奥書の「宗」の字の下の文字が判読できずにいた。それが、技術の進歩により「宗」の下の文字が「氏」と判読された結果、南北朝時代から室町時代前期の公卿であった「大炊御門宗氏(おおいのみかど むねうじ)」であることが判明した。
「源氏物語」には、応永五年(1398)~応永十三年(1406)までの複数の年号の記載があることから、大炊御門宗氏が23歳から31歳までの間に書かれたものと推定されている。宗氏は、正二位・内大臣まで昇進したのち、応永28年(1421)47歳で没している。
3・自筆「源氏物語」の旧・所蔵者の特定の経緯について
近衛基熙の旧・所蔵の特定は、「花押」の写真照合技術によるものです。アメリカのコンピューターを用い、「筆者識別(Handwriting Analysis)」と呼ばれる文字解析を、花押の照合に応用し、指紋の照合方法と同じ手法により99.9パーセントの確率で特定に至ったものです。
4・近衛基熙(このえもとひろ)について
近衛基熙は、慶安元年(1648年)3月6日、近衛尚嗣(関白・左大臣)の長男として誕生。母は後水尾天皇皇女女二宮。実母は近衛家女房(瑤林院)。幼名は多治丸。父、尚嗣が早世し、尚嗣と正室女二宮の間には男子がなかったため、後水尾上皇の命により、近衛家の外にあった基熙が迎えられて上皇の保護下で育てられた。承応3年(1654年)12月に元服して正五位下に叙せられ、左近衛権少将となる。以後、摂関家の当主として累進し、翌年明暦元年(1655年)従三位に上り公卿に列せられる。明暦2年(1656年)に権中納言、万治元年(1658年)に権大納言となり、寛文4年(1664年)11月23日には後水尾上皇の皇女常子内親王を正室に賜った。寛文5年(1665年)6月、18歳で内大臣に任じられ、寛文11年(1671年)には右大臣、さらに延宝5年(1677年)に左大臣へ進み、長い時を経て元禄3年(1690年)1月に関白に昇進した。近衛基熙は、寛文5年(1665年)から晩年まで『基熈公記』で知られる日記を書いている
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